事情があるのかもしれない。


エックスジャパンのヨシキ氏が
手術を受けたという記事をちょっと前に見た。

過激なドラムプレイ。

音楽が好きな私は彼のプレイに
とても興味を持っていた。

ようつべのとあるコメントに彼について書いてあった。

彼はずっともう永遠に年を取らないように見える


そのコメント通り、彼は若いようなエネルギーを
表現し続けているように見えた。

そして私もそんな彼を見て、
やはり音楽の力は凄いな..と感じていた。

しかし、手術を受けるまでにダメージを食らっていた肉体。

記事によると、ヨシキ氏の体は
引退せざるをえないラグビープレイヤーのよう..
と形容があった。

しかし、そんな苦痛でさえも
今まで何度も乗り越えてきたように見えた。

しかし、さすがに年齢もあるのか
今回は手術に至ったようだ。

手術はあくまでプレイを続けるため..
というみたいだし、今後の彼にも興味を持つだろう。

ヨシキ氏のドラムプレイを見ると
トム・ヨークの言葉を思い出す。

そんなにドラムを強く叩く必要があるのかい?


これはヨシキ氏個人に言われたものでなく、
トム氏がアメリカのヘヴィーロック全盛期に
つぶやいた言葉だ。

今は知らないが、10年ぐらい前?アメリカのヘヴィーロックが
全盛期であった頃があったと思う。

私も私の周囲でヘヴィーロックが流行していた頃、
同じように流行に乗っていたし、好きな曲もあった。

でもたまにうるさいというか、
疲れるというか、

乗せ方が強引というか、

そんなマイナスな感も抱いていた。

例えば、今あなたが見ているパソコンモニターが
ドーン!と大きな音をたてて爆発したとしよう。

きっとビックリして心拍数が上がるだろう。

ヘヴィーロックのドラムの強打は
そういうことなんじゃないのか?
という気持ちがあった。

ドラムを強打することで
聴こえなくなってしまう貴重な何かがあるような気がする。

いや叩いて叩いて叩きまくって
叩き倒した先に聴こえるものなのか、貴重なものは。

そんなにドラムを強く叩く必要があるのかい?


トム氏のこの言葉は、そんな私の
ヘヴィーロックに対するマイナスイメージを
表現してくれるようで同調した。

そんなにドラムを強く叩かなくても
表現できることを知っているのだろうか、トム氏は。

ドラムを強く叩かずに
ドラムを強く叩くことを表現できるのだろうか?

う~ん、何書いてるか、わからなくなってきた。

話をヨシキ氏に戻して、
ドラムを強く叩く彼のプレイを動画を見ていた時だった。

とあるヨシキ氏の動画にたどり着いた。

ドキュメンタリーで、内容を見て私は驚いた。

彼の父親は自殺していたのだ。

ずっと口に出してこなかったけど、
ある程度年齢を重ねた時、テレビの前で
父親が自殺したことを公にしたのだった。

学校から返ると、父親が布団の上で寝ている..

でもいつもと様子が違う..

頭に白頭巾をしている..

当時を説明するヨシキ氏。

なんで、どうやって、父親が自殺したのかを
尋ねられると、口ごもり、まだまだ言うのはツラいようだった。

ただ当時のヨシキ氏は父親が自殺したことを知ると、
気が振れたように暴れたらしい。

気づいたら、周囲の大人に抑えられていたらしい。

それぐらい混乱状態になり、
ワケのわからない怒りの衝動に襲われたのだろう。

それを知った私は
ヨシキ氏がなぜあれほど過激にプレイするのか、
わかったような気がした。

父親の自殺がプレイスタイルに影響しているかどうかは
実際にはわからない。

でも死んでしまうなら、ドラムを壊して破壊した方がマシなのかもしれない。

そんなにドラムを強く叩く必要があるのかい?


というトム氏の言葉も好きだが、
ドラムを過剰に強く叩く人の背景には
そうなる事情もあるのかもしれない、と思った。

ドラムを強く叩く必要がある人がいる。

ドラムを強く叩く時期がある。

ドラムを強く叩く必要がある。

私はドラムを強く叩いていた。

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