ホに落ちてしまう


昨日、ネットの高速化について書いたが
本日も快調なり。

ネット高速化についてはこれでもう問題なしのようだ。

もしもwin7以降でfirefoxを使っていて、回線が光の人ならば
私の書いた記事は参考になる思われる。

高速化は包丁を研いでいるようなものだ。

やっと納得いく切れ味を手に入れた。

後はセッセ♪と捌くのみ。

さて、本日は石について書きたいと思う。

最近、石集めをたまにするのだが
その話をある人にすると

「石は拾ってきてはいけない」

「成り行き、自然の流れ、必然的にそこにあるのだから」

という意味のことを言った。

自分はそんなこと1mmも思ってなかったので
とても納得した。

確かにそうだ。

それは1つの真実といえよう。

間違った答えをできるだけ探す癖がある私。

そんな私が思ったことは

「拾って欲しい石もあるのではないか?」

「そもそも拾ってほしくなかったら、拾えないぐらい大きい石になってるはずだ」

「小さい石になってるということは拾われやすいように石自らが意思で選んでいるはずだ」

「持ち帰った石を庭に置いたとする。その隣にもとからあった石と実は昔は1つの石で割れて離れてしまった」

「再開したことで何かが蘇るかもしれない」

「足がない石は移動することを実は一番欲している」

「1度限りの石人生のなかで色んなところに行きたいはずだ」

とまー色々、理屈をコネ回すがやはり知人の申した

「石は拾ってきてはいけない」

「成り行き、自然の流れ、必然的にそこにあるのだから」

という答えは無理がなくフに落ちる。

私の答えはホに落ちてしまうようだ。

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家のちょっと離れたところに土木建築会社の事務所がある。

大きな駐車場の真ん中には墜落した隕石さながらの大きな岩がド~ンとある。

その建築会社はとても繁盛してるようで
近場を走ってると、その建設会社の工事看板をたくさん見かける。

隕石さながらのその岩を見ると

「これは勝てない」と0.1秒で思う。

勝てるという表現は変だが、岩をどうこうしたり、移動したり、破壊したりだとか、
そういう気持ちは全て一瞬であきらめに変わる。

石、岩の力。

一瞬であきらめさせるなかにも、呼吸や暖かさがあるのが岩、石の魅力といえよう。



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