友達が株について熱く語る。


友達が株について熱く語っている。

大丈夫か?と思う。

そんなウマイ話はないからだ。

金を稼ぐことは痛くて辛くて、しんどいことだからだ。


友達といっても、やっぱり他人なので、


やっぱり大丈夫か?と思う。


友達の感動した話を聴きたい。

話題は何でもいい。

株でも趣味でも仕事でも、何でもいい。


何か心が激しく動いた時の話をもっと聴きたい。

株の話はどこまでいっても、その反対のことなような気がする。


もしも、友達が株について、感動する話をして伝わったら、
私も株をやるかもしれない。


だから、私は相手から感動した話を聴きたいから、
自分の感動した話を一生懸命するようにしている。


他人の感動話は自己発見のヒントにもなる。
それが素晴らしいではないか。

感動があれば他に何もいらないではないか。


感動することの大変なところは、一生懸命は必要なわけだけど、
疲れていたりすると、感動するどころじゃないところだ。

感動する心を失ったんじゃない、みんな疲れてるような気がする。

株の損切り名人に、損切りのコツを教えてくれ!と質問したら、

「与作のようにやるのがコツです」とか答えそうだ。

与作は損を切る、ヘイヘイホ~♪ ヘイヘイホ~♪

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